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フラメンコギターの名手。日本では、かなり普及したので・・・と、最近は中国でも活躍している。日本フラメンコ協会副会長・北京伊藤ギター学院院長。

中学2年の時、年上の初恋の人のギターに魅せられたのがこの道のきっかけ。高校生になって見た三本立て映画のうち、タイロン・パワー主演の「血と砂」の中のフラメンコギターの曲に感動。独学で勉強した。当時、日本で弾ける人はほとんどいなかった。

母親の知人だった荒勝文策初代学長に、銭湯で「日出夫君、甲南大学にいらっしゃい」と誘われて入学。軽音楽部に。大阪・京都・岐阜など米軍のキャンプで演奏。女性マネージャーがプロだったこともあり、1ステージ5千円。いいバイトだった。

宅をレッスン場にし、音大生約20人に教えていた。「だが、ギターばっかりと、父から勘当されたので、独立して学費も自分で払った。」

在学中に、京都でリサイタル、54年には東京・帝国劇場の舞台も経験した。卒業試験と舞台が重なり苦労もした。卒業式後の父母も含めたお別れ会で1時間半、演奏した。

その後、上京。ギタートリオ「クワドロ・フラメンコ」を結成。プロとして本格活動。「東京キューバンボーイズ」の巡演に同行した。スペインには延べ二年間滞在、各地でコンサートを開いた。

さらに世界一といわれるカルロス・モントヤ氏来日の際に師事した。モントヤ氏は、世界で三人しか弟子をとらず伊藤はその一人だった。(弟子はアメリカに1人、アラビアに1人、日本に1人だった)

中国ではボランティア。北京・上海・西安・天津・ハルビンなど大学を中心に回る。弟子は音楽教室の教師ら。2002年には、55周年記念リサイタルを北京で開いた。中国ではジャズが定着しているので、次はフラメンコを広めたと意欲的、かつ成功した。

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