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「謎以外に一体なにを愛せようか」F. W. ニーチェ。「誰にでも愛されるものはろくでもない」F. V. シラー。「本当に大切なものは目に見えない」サン・テグジュペリ。これらの言葉からすると名画と呼ばれるにふさわしい絵画は「誰にでも愛されるものでなく」、「謎をもち」、更に、目に見えない「無」や「空」、「間」を内に秘めたものとなる。
私の専門は心理学を中心とした基礎医学と情報処理科学、芸術学等を用いた「感性情報処理」にある。甲南大学自然科学系大学院の教授として多くの修士課程や博士課程の学生を指導してきた。その研究テーマの一つに「名画にある謎の解明」がある。最初に取り組んだ名画が17世紀のオランダの画家、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」である。
この絵画にはいろいろな「謎」があり、17世紀から今日まで多くの研究者によって謎の解明がなされてきた。最大の謎は「このあどけない一人の少女の絵が300年の長きにわたって世界中の多くの人達によって、なぜ愛されてきたのか」にある。フェルメールの絵画技術のすばらしさと共にここに描かれた少女に対する愛が大きな働きをしていることは言うまでもない。この少女の中に隠された目に見えない見る人に感動を与える大切なものがあるはずである。
この絵画は誰にでも愛される作品であろうか。必ずしもそうではない。無関心の人や、フェルメールの作品の中でも「牛乳を注ぐ女」や「絵画芸術」、「デルフト眺望」を上に置く人も少なくない。嫌いだと言い切る人もいる。
この謎の解明を「感性」の問題から入る。以下の(図1)、(図2)作品はフェルメールの左向きの「真珠の耳飾りの少女」の真作と私が作った右向きの作品である。この2枚の作品を学生、社会人、白人、韓国人、中国人の集団に見せて、どちらが好きかの質問をしたところ、どの集団においても左を向いたフェルメールの真作が好きだと答えた人達が約80%であり、私の作った右向きの作品が好きとの答えが約20%もあった。なぜ左向きの絵が、あるいは右向きの絵が好きなのかに答えられる人はいなかった。これが個人の持つ「感性」についての解答である。個人によって美的感覚が異なるのである。 

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 次に、「真珠の耳飾りの少女」がなぜ魅力的なのかの解明に入る。まず、この少女の持つ魅力的な本当の顔が青のターバンによって隠されているのではないかと、ターバンの色に注目した。(図3)のようにターバンの色を変えた6枚の作品をコンピュータ・グラフィックスで準備して実験に入った。絵画にあまり関心のない理科系の20名の学生の潜在的な美的感覚をセマンテック・ディファレンシャル法という心理学の手法を用いてその謎の解明をおこなった。その結果、色の異なる6枚の絵画から少女の隠された顔を見つけ出すことができた。例えば、赤いターバンの少女からは青いターバンの清純な顔は消え、成熟した女の顔が現れた。黄色いターバンからは青いターバンの知的でまじめな顔が消え、いたずらでずる賢い顔が現れた。他の色のターバンの少女からも異なった顔が見つかった。
清純で貴族的な顔の奥に娼婦のような成熟した女の顔が隠され、これらが複雑に混ざり合い見るものに感動と女性にとっても憧れのような美しさを表現したのである。

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 この研究結果を情報処理の国際学会で発表した時には反響を呼び、長年親しく付き合ってきた博物館の館長からは「私の最愛のひとを娼婦呼ばわりするとはなにごとか」と絶交を言い渡され、それ以後、会っていない。
その後、「牛乳を注ぐ女」の遠近法の謎の研究発表がNHKのスタッフの目につき、「絵画芸術」の謎の解明の依頼を受け、「NHK新日曜美術館」のテレビ出演となった。甲南大学の校庭と私の研究室がテレビで放映され、甲南大学のPRにもなったと喜んでいる。
フェルメールの謎の解明以外にも「写楽は誰か」の謎を科学的に解明し、「写楽は徳島藩お抱え能役者の斉藤十郎兵衛である」としたことが朝日新聞の全国版の1面にカラーで大きく報道され、現在もその説が広く認められている。また、佐伯祐三の150点もの作品の新たな出現があり、その真贋解明の依頼をうけ、真作とは言えないとの結論をだした。この研究に関して、佐伯祐三が8月に亡くなる年の2月に20日間も後輩たちとパリ郊外のモラン村に合宿して絵を描いた。彼が描いた歴史的建造物の前に佐伯祐三の絵の入ったモニュメントが5箇所に建てられ、その絵の下に佐伯祐三の研究者として甲南大学名誉教授辻田忠弘の名前が刻まれた。私の墓標をモランに残せたと喜んでいる。 

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