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甲南多士済々

宮下喜夫さん

北海道で無農薬有機栽培の宮下農場

『十勝平野の北西部、狩勝峠のふもとにある新得町新内(にいない)。川辺には蕗が生い茂り、見事な熊笹があたりを覆う。 晩露は6月上旬、初霜は9月下旬、気候の厳しいこの土地を選び、完全無農薬で野菜づくりに励む宮下喜夫さん。 有機農業は手作業が基本として機械はなるべく使わない。じゃが芋の植え付けもトラクタ-より手で植える方が性に合ってるという。

1970年代、高度経済成長期とともに京都で育った宮下喜夫さんは、工業の発展に伴い、壊されてゆく自然環境を見逃せないこととして、自分にできる意思表示は何かを模索していた。 当時20代、「食べ物を自分の手で育てる百姓になりたい」と、親戚の稲作農家の手伝い、北海道での農業実習を経て、自然に添った野菜作りを目指し十勝、新得町新内に入植する。

しかし、除草剤、殺虫剤も使わずに作物を育てるのは容易なことではなかった。 化学肥料をやめるには、どうするべきか。少しずつ実践に取り組み、キャベツの農薬をやめ、人参の除草剤も使わなくなった。 化学肥料のかわりに土の健康を考えて有機肥料を使い始めた。「頑固さがなかったらこんな農業はでけへんよ。」1994年ついに完全有機無農薬栽培の目標を達成できた。 それは人間本位ではなく、注意深く野菜の声に耳を傾け、適期を見逃さずに手をかけた宮下さんへの大地からの返答のようでもある。

映画「空想の森」より 』

そんな宮下さんの生活をクロ-ズアップした映画『空想の森』が上映されたのは、2008年のとき。京都生まれの宮下さんが、北海道に入植、無農薬有機栽培の宮下農場を営まれている。その原点は、甲南大学時代の学びにあるといわれる。

「ゼミは文学部社会学科でしたが、松尾先生の心理学の授業を熱心に受けていました。大学の教室だけでなく、外で障害者とその家族とふれ合う授業にも参加していました。社会福祉に興味をもち、障害者と共に生きることを考え始めました。甲南大学を卒業してからは、そのご縁で福祉施設に勤務したんです。ずっと、生きるとはなんぞや、自分にできることはなんぞや、やるべきことはなんぞや、と考え続けてたんです。京都で仏教の高校に通ってましたから、その影響もあるでしょうね。仏教の授業は、周りの高校生は退屈そうでしたが、私はお釈迦様の一生に興味津々で、多感な時期に身体に沁み込みました。中学3年のとき、私を非常に可愛がってくれていたおじいちゃんが亡くなりました。74歳でしたがね、火葬されてその煙突からのぼる煙が天に続いていく、その情景を鮮明に覚えています。そして仏教で学んだ、輪廻転生という言葉が真実味を帯びて理解できたのです。

私の甲南大学時代はちょうど、学生運動の真っ盛り、あのおとなしい甲南大学でもバリケ-ドを作っていた友達もいました。右肩上がりの経済成長の最中、合成洗剤や水俣や尼崎の公害問題も浮き出た時代でした。もっと開放的なナチュラルな世界になるべきなんじゃないかと、農家生まれでもない都会っ子が、自然に添った生き方として、百姓を選んだのです。採算とれるどうかより、ともかくやる!そう思って始めました。あとは、出会い、ですね。新得という村で、ちょうど離農する老夫婦の一家があると教えてもらったのです。住んでおられた家とその畑を、そのまま譲り受けました。今でもその木造の家に住んでいます。寒いですよお、そりゃあ。子供がオシメをしていたときなんて、オシメを取ったとたんに水分含んでますから、カチコチに円いまま凍ってました。家の中でですよ。妻ですか?妻も兵庫県出身です。よくここまでやってこれました。

有機農業、減農薬、化学肥料使わず、堆肥だけで栽培することを頑固に続けてます。共同購入グル-プとの出会いがあり、農協や市場に少しずつ出し、収穫したものを宅配するようになって、少しずつ顧客が増えていきました。一度無農薬有機栽培野菜の美味しさを知ると、皆さんリピ-タ-になってくださいます。甲南大学美術部の同僚や後輩も、今では大切な顧客です。そしてこうして、収穫後に東京に出て、美術部の仲間と交友をあたためることも楽しみの一つとなっています。

「白花はマチルダ ピンクはワセシロ」

「白花はマチルダ ピンクはワセシロ」

「佐幌岳(1059M)サホロスキー場」

「佐幌岳(1059M)サホロスキー場」

「手刈りした蕎麦を島だて(自然乾燥)」

「手刈りした蕎麦を島だて(自然乾燥)」

「自然に任せると・・・」

「自然に任せると・・・」

今でも五右衛門風呂ですよ。薪をくべながら、夏湯で40分、冬湯は1時間近くかかって湯を沸かす。便利になることは豊かになることではない。今の自分の都合のために生きるのではなく、すべての命のために生きること。それが基本です。人と自然の共生という生き方を選んだのですから。」

取材:白須日尚子

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